進捗:20241119
本ブログはさしあたり、1月に行われる文フリ京都に初めて出店するための、諸々の準備を主目的としている。関係ないことも書くけど、関係あることも書くのである。
そういうわけでここにも進捗を載せていく。

ちっちぇー巾着をつくった。ボロ雑巾の精霊?
歩いて帰ろう
旅行が終わり、人と別れた後の帰り道はなるべくだらだらと、だらしなく長いほうがいい。わざと少し遠いバス停で降りて、不服顔で20分くらい歩いたりする。駅でタクシーなんか捕まえて帰った日には、家に着く時間はどんなに早くても、荷解きをためらってそのままベッドに寝転んで、落ち着かないまま平日を迎え、ひどいと3日くらいこじらせる。旅行じゃなくても、楽しかったライブや飲み会や、ハレの日だった、今日は、と後から思い返すような日は、ゆっくり歩いて長引かせて、終わっていくのをちゃんと惜しむ。
もし腹が減っていたら、夜中の2時までやっている家の近所のラーメン屋に立ち寄ることにしている。すごくおいしいわけでも、安くてお得なわけでもない普通のチャーシュー麺で、飲み屋が閉じた後、もの惜しげにふらふらとそのあたりをさまよう人たちの受け皿になっているような店。カウンターの中では、同世代か少し年下くらいの若者がもくもくと麺を湯切りし、冷蔵庫から出してきたチャーシューを薄く切っている。お冷やはセルフサービスになっていて、氷が勢いよく落ちてくるので冷たい水が跳ねる。
流れてくる有線のサザンやモー娘。やミスチルを聞きながらラーメンをすすっていると、浮遊していた魂がちゃんと体に戻ってきて、地に足がつくのを感じる。さっきまでいたあの場所と、現在いる場所とのつながりと隔たりがきちんと把握される。その気になれば、家の前の坂道を下ってバスに飛び乗れば、またいつでもパーティーに繰り出せる。食べ終わるころに納得して、それからやっと家に帰る。

時間がない!
この三連休は愛すべきダチとつるんで過ごすスーパーボーナスタイムだった。石に刻んで100年先まで残しておきたい、心底どうでもいいやりとりと、これだけ長く一緒にいても知らなかったお互いのことと。ひどい雨の中、水たまりを避けようとしてえっちらおっちら進む人と、ズボンの裾が濡れるのも平気ですたすたと進む人。スコーンを作ろうと思いつく人と、作ってる間居間のソファからヤジを飛ばす人。銭湯からの帰り道、星を見上げながら歩くからどんどん車道側に逸れていく人の腕を人がぐいと引っ張る。こういう存在たちがいることは、失うことを予期する怖さももたらす。いさぎよく引き受けて一緒にいたい。なるべく長く、遠く。

それはそうと、遊び呆けて一月の文フリのことが何も進んでいないのは由々しき問題や!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!バカ!
休息レシピ
ヒコロヒーの「岩場の女」を聞いてたら、徹夜で生放送に出たり2日も飯を食い忘れるほど多忙なさなかで、2時間暇があったら喫茶店に入りPCで原稿を書く、1000字程度なら隙間時間にスマホで少しずつ書いて、見直して、時間をおいてまた見直して提出するのだと話していた。PCの不調、iPadのBluetoothキーボードの使いにくさ、職場の人に誘われて飲酒、部屋の散らかり、天気の良さ、わるさ、ありとあらゆる言い訳をみつけてやりたいことをやろうとしない自分との差が天と地ほど空いていて、涙が出る。他の回では「ストレスが溜まってきたらその場で思い切りダッシュして、大腿筋を酷使することで脳に空気が行かないようにする」という話があった。なんてフレッシュな生活の知恵。いらん世話やと思うけど、ついつい休んでくれと思ってしまう。1週間くらい、海に臨む民宿の畳の部屋で。
疲れてんなら温泉とか行けば、とか他人には本気で言うけれど、本気で自分の心身を休めようと思うなら、わたし実際遠出は選ばないと思う。LINEの返信を一切やめて、知り合いとの約束も作らない。3日。3日だ。わたしの休息には全工程に3日かかる。
【鍋の底の超休息レシピ♪】
1日目:家の中でとにかく落ち込む。疲れているという理由だけで悲観的になる。布団から出られないままダラダラ動画を見たり漫画を読んだりして、そういう自分にさらに落ち込み、そうこうしているうちに腹が減ってもっと落ち込む。親の仕送りに入っていたチキンラーメンでしのいで、日が完全に落ちるころには色々どうでもよくなり、にわかに元気が出てくる。ここではじめて部屋の電気をつける。明るくしたとてやることはないのですぐに消す。そのまま寝る。
2日目:体力的にはこの時点でほぼ回復している。遠くの街のドーミーインの予約を取りたい衝動にかられるが、ここででっかく振りかぶると昨日の無為なる1日が水の泡になる(それならそれでも楽しいんである)。そこで家の周りを歩き回る。あくまで注意深く、知らない街を歩いているように。人ん家の庭木で花見をして、店先の古びたポスターのとっくに終わった展覧会情報を丹念に読み、でかい交差点を前にぼうっと立ち尽くす。知らない喫茶店で瓶ビールを頼めるとなおよし。
3日目:9時くらいに目覚ましをかけて、結局11時半ごろに目を覚ましモーニングを逃す。身支度をしているうちに散らかった部屋が気になり始めて、ラジオをかけながら夕方近くまでだらだら部屋の掃除をする。窓だって拭く! 気が済むころに腹が減またことに気づいて、自転車で中規模ショッピングセンターに行き、フードコートで銀だこを食う。本屋に寄って帰宅。
完璧だ。涙がでる。

時間のある人は植物園なんか行ってもいいでしょう。水族館はなんとなくトゥーマッチ。
ナウ・オン・あとの祭
[一]
①祭礼の翌日。また、その日、神饌を下げて飲食すること。後宴。
②(祭の済んだ後の山車の意から)物事が、その時期をはずして、無益なものになってしまうこと。手おくれ。[二](男女の交わりを、隠語で「おまつり」というところから)男色の異称。
朝から読んでいた原稿は最近読んだものの中で一番難解な文章で、一段落ごとに気が散った。専門用語が次々に出てきて、そのうち説明があるだろうとたかを括って読み進めるのだが、解決せぬまま知らない言葉は次々に現れ、わからなさばかりが蓄積する。ただ主語があり、目的語があり、述語がある。接続詞が挟まり、次の文章がやってくる、それを目で追うだけになる。新幹線の車窓に似はじめる。
気が散って、目線は紙の上に落とし、シャーペンの先で文章を追いながら、頭では別のことを考える。眼前の苦痛から逃げようとする人の定めとして、より高次で、形而上的で、考えたところですぐにはどうにもならない悩みのことなど急に気にかかったりする。そして啓示は訪れて、「今の自分はあとの祭を生きている」などと気がついたりするのだ。ぱーんと光が差し込むようだった。
目の前にPCがあるものだから、つい検索窓に打ち込んでしまう。最近広告視聴を迫るようになったコトバンクがサジェストされ、目線を外して広告をやり過ごし、「あとの祭」の項目を読む。こういうのって性行為の隠語でなかった試しがない、ような気がする。そうだ、物事が、時期をはずして、無益になってしまうことを「あとの祭」というのだ。そうだった。
昨年の頭に父方の祖父が死に、夏に祖母が死んだ。祖母が亡くなる数日前に着信が入っていて、いつも通りかけなおさなかった。容体のことはすでに聞いていた。一週間後、通夜に行ったら、お棺の横にコルクボードが立てられていて、彼女の孫の写真がたくさん貼られていた。私の写真も何枚もあった。その前に立っている私は紛れもなく、冷血非道で恩知らずの悪い孫だった。葬儀場を出て、日差しに眉を顰めながらタクシーを探している間、取り返しがつかないことは確かにあるな、と思った。悲しくはなく、詫びる気にもならず、涙も一切出なかった。
祭が終わっても当然生は続く。あの時、自分の人間性の底を見た気がした瞬間から、なぜか気分がせいせいして、落ち込むことがほとんどなくなった。海沿いを歩いている時みたいに、砂混じりの風がひゅうひゅう吹いていて、とても静かだ。毎日はすでに次なる祭とその終わりの可能性を内包しているが、素知らぬ顔で次に食う飯のことを考えたり、綺麗な景色に見惚れたり、仕事上の無理難題に頭を抱えたりする。原稿はまだ半分も読めていない。

耳、ぐりん
知らない人の人差し指が耳の穴の中に入ってくるということに、どうしても慣れることがない。耳の中洗いますね、の一言くらいあってもよさそうなものなのに、いつも突然ぐりん!とやられるから、心の中で小さく「あ!」と叫ぶ。実際には顔の方も「あ!」になっているが、布で覆われているので大丈夫、多分ばれていない。「あ!」の残響が終わるころにすべての泡が流れきり、「お疲れさまでしたー」とかなんとか労われながら上体を起こす。開けた視界に慣れないまま、呆けた表情で髪の毛を拭いてもらっていたら、今度はタオルをかませながら耳、ぐりん!をやられて、私は性懲りもなく「あ!」と叫ぶ。22になっても美容室が怖い。
鏡越しに担当の人と目が合いそうになって、あわてて自分の顔に視線を戻す。学生時代の話をしていて偶然同郷であることがわかり、えっチャチャタウンってわかりますか?懐かしい。ああそう、ちょっと歩くとアウディの販売店があって、JRの駅からは少し遠いんですよね。お互いの記憶の地図を重ねて郷愁にかられ、その間も相変わらず私は視線のやり場に困りつづけている。だいいち鏡が多すぎて、色んなものが見えすぎる。左後ろの男の人はもうすぐ二度目の受験らしく、長い前髪を切られながら、口もとをきゅっと引き結んでいる。右隣の女の人は頭にラップをかけられて、静かに目を伏せている。いま、店内にいる全員が、自分にふさわしい振る舞い方を知っていて、私一人がいつまでも落ち着かなくて、恥ずかしい。ふらつく視線を無理に引き戻して、自分の顎のあたりを睨みつける。段々下に伸びてきて、あと少しで鎖骨に触れる。
反対に髪の毛はずんずん短く、隠れていた首筋も耳元もどんどんあらわになっていく。3日前の土曜日、久々に電話に出たら、「卒業式前なんだから、ちょっと伸ばしてかわいくしなさい」と母親が言っていた。前の来店からそれほど経っていないのに、足元にはありえないくらい大量の毛が落ちていて、寄せ集めて丸めたらひばりの子が5羽生まれる。生まれないうちにT字箒で向こうの方に運ばれて、二度と相見えることはない。さよなら。
よくしてもらっても上手く返せず、返せない自分に気付きたくないので、初めからなるべく見ないようにするのだ。振り返ればそこにいる人を、振り返れないことを口実に、雑誌を開くのは大袈裟な気がして、両目のピントを少し外す。切られた次は染められて、聞かれた時は簡単に答える。アイスティーを飲みながら15分待って、洗髪台に運ばれる。全部なるべく曖昧に、決して深入りしないように。
そしたら、指が入ってきた。ぐりん、とやられて、「あ!」と思って、そんなことあるんだなと思って、遠のいていた感覚が一度によみがえる。まぎれもない他人が、半分内側みたいな場所に容赦なく踏み込んできて、今ここに私とあなたが、まぎれもなく同席していることを思い出す。美容室がずっと怖い。もう22にもなるのだ。
お金を払って外に出て、「ありがとうございました」と見送ってくれる人に、どれだけのお辞儀で返せばいいかわからない。二軒隣のラーメン屋を過ぎたら振り返らないことにする。耳の中になぞられた軌道が残っていて、さっきのぐりん、をすぐに思い出せる。

